十角館の殺人

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book_jukkakukan2.jpg綾辻行人の「館シリーズ」第1作目にして、「新本格」という流れをも産み出すに至った本格推理小説の金字塔です。「時計館の殺人」の方を先に読んでいたので、大体の世界観は分かっていたつもりなのですが、よりシンプルで「古典」的な舞台設定にワクワクしながら引き込まれつつ、今度は一体どんなトリックで仕掛けてくるのか?と神経を集中しながら読んでいました。まず冒頭からして、登場人物の学生たちがエラリイやポウ、アガサといった推理作家のニックネームで呼び合っていて、「僕にとってミステリは、あくまで知的な遊びのーつなんだ。小説という形式を使った、読者対名探偵、読者対作者の刺激的な論理のゲーム。それ以上でも以下でもない。」なんて語っていることから、この作品が極めて抽象的な比喩として古典的なミステリ世界を再現しようとしていることが分かります。コーヒーカップに毒を塗った毒殺事件が起こったため、みんなで用心深くカップを洗いながらコーヒーを飲んでいるシーンなど、思わず読みながらニンマリしてしまうのですが、細部まで緻密に計算されたプロットはきちんと現実的な裏付けを保っているし、最後の最後で唐突に提示される大どんでん返しには、目を見張るような鮮烈さがあります。今回も推理の方は全然分かりませんでしたが、あれだけ引っ張っておいて、たった一行で真相を語ってしまうなんて憎いですねぇ・・。

建築家・中村青司が謎の死を遂げた孤島と、そこに残された奇妙な館「十角館」。興味本位でその島を訪れた大学のミステリ研究会の面々は、外部との連絡を断たれた館の中で次々に引き起こされる連続殺人に翻弄されていく・・。また、本土に残っていた同じく推理研の河南は、犯行をほのめかす不審な手紙が届いたのをきっかけに、偶然知り合ったミステリ・マニアの島田と共に独自に調査を進めることになります。「時計館の殺人」と同じように館の「内と外」という2つの視点から交互に物語が語られていく構成を取っているため「はさみうち」のようなスタイルで、徐々に真相が明かされていく・・ような気がするのですが、そこは綾辻行人のこと、いくつもの罠が巧みに張り巡らされているので、注意が必要です。

この作品を読んでみて改めて思ったのは、綾辻行人の作品に探偵役は必要ないなぁ、ということです。この小説を始め、館シリーズを通して一応の探偵役を演じているのは島田潔ということになりますが、彼は毎回最後には真実に行き着くものの、最初から興味本位というか野次馬根性というか、非常に飄々とした距離感で事件に接していて、他の探偵小説のように最後まで犯人を追い詰め「証拠」を突きつける、ということに固執していません。同じ新本格系の有栖川有栖の作品等では、この「証拠の提示」という最後のミッシング・リンクが、謎解きの最重要要素・見せ場として極めて効果的に使われていたりするので、それと比べるとちょっぴり拍子抜けする人もいるかもしれません。

それでも、私が綾辻作品にとってこの「最後の追い込み」が必ずしも必要ないと感じるのは、あえて追い討ちをかけるまでもなく、ただ「真相」をそっと解き明かしてくれるだけで、読者が途方もないカタルシスに酔いしれることができるからです。作者が最後の最後まで隠し続けたトリックと世界観が、あまりに完成され、綿密に積み上げられているのを知るだけで、もうお腹いっぱいという状態になってしまうんですね・・。この「十角館」でも「時計館」でも、犯人が成し遂げた完全犯罪のスケールの大きさと、涙ぐましい努力を想像すればこそ、島田のように「糾弾したり、警察に突き出す気はない」という気持ちにもなってしまうというものです。(犯罪は犯罪ですけどね・・)

そんな、あくまでも虚構としてのミステリを楽しもう、という綾辻ワールドの入門書として、この「十角館」が名実共にふさわしい一冊だということは、間違いないと言っていいのではないでしょうか?最後に冒頭で引用した作中の「エラリイ」が語るセリフの続きをもって、最後の言葉に替えさせていただきたいと思います。

ミステリにふさわしいのは、時代遅れと云われようが何だろうが、やっぱりね、名探偵、大邸宅、怪しげな住人たち、血みどろの惨劇、不可能犯罪、破天荒な大トリック・・・。絵空事で大いに結構。要はその世界の中で楽しめればいいのさ。但し、あくまで知的に、ね

綾辻行人「十角館の殺人」
綾辻行人×佐々木倫子 「月館(つきだて)の殺人」連載スタート

<番外編・私の考えた十角館>
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さて、肝心の「十角館」の館自体の仕掛けについてですが、「今回も絶対に何かあるはず」と意気込んで私なりに色々と妄想を広げてみました。今回私が目をつけたのは、十角館に入った直後に言及されていた「遠近感」を利用したトリックです。全ての部屋の壁が、通常の部屋と異なる台形や十角形の角度に交わっているため、部屋の広さが捕えにくい。そのことを逆手に取って、実は部屋の間取り自体が微妙に歪められていたのではないか・・?というのが、私の立てた推測です。作中で触れられていた「隠し部屋」というのが、こんな風に埋まっているんじゃないかと思ったのですが、この推測は全然当たりませんでしたね・・。

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