
先月ぐらいのFIGAROに載っていたインタビュー記事を読んだらなんとなく観たくなったので、今日観に行ってきました。トゥーム・レイダーで一躍有名になったアンジョリーナ・ジョリーが、今度はイギリス上流階級の豪華絢爛な生活から一転、世界を転々としながら各地の難民キャンプでの救済活動に身を投じる、という別の意味での「戦う女」を演じます。まず、主人公のサラがエチオピアの難民キャンプに物資を送り届ける冒頭のシーンから、見るも圧巻の「地獄絵図」が繰り広げられます。路上に横たわる屍をいくつも乗り越えてようやくキャンプ地に着いたとたん、銃を手にやって来た武装グループが物資を強奪しようと、群らがう難民たちと大乱闘を巻き起こします。こんな理不尽な横暴を働かれても、今回の彼女はトゥーム・レイダーではないので銃をブッぱなして反撃することはできません。その無力さが、じわじわと観る人に訴えかけます。
アンジョリーナ・ジョリー自身が援助活動をしてる、という話は聞いてはいたのですが、FIGAROの記事を読んだらその取り組みようもほんとに筋金入りで、この映画を撮る前から何ヶ国も自ら訪問して回っているばかりか、アフガンに自費で100万ドル寄付したり、カンボジアの孤児を自分の養子に迎えてしまうほど本気のようです。その、のめり込んでいく過程は映画の中での役柄そのものですね。(日本の芸能人では、藤原紀香さんもアフガンでの体当たり的なルポをテレビや写真展・写真集という形で発表されてましたね。テレビで観たのですが、この人もかなり本気だと思いました。)
この映画、トゥーム・レイダーとの対比という意味で見ても、意外に共通点は色々とあります。主人公のサラは、医師のニックが率いる援助グループを追ってエチオピアからカンボジア、チェチェンとまさに世界を股にかけて奔走しますが、色んな国々の美しくエキゾチックな映像を満喫できる点はトゥーム・レイダーと全く一緒だし、危険地帯を越えて毎回奥地へと向かう道程はまさに命がけの冒険そのものです。また、やがては国連のスタッフとして事務職に就く彼女は、常に辺境に身を置き続けるニックとは違って、普段は文明的な社会の中で夫や子供との家庭生活を送りながら、必要とあれば世界の果てまでも駆けつける、という2重の生活を維持し続けます。この設定がトレジャー・ハンターとしてのララ・クロフトや、007のようなスパイ映画の構図と重なっていると同時に、世界の辺境での惨状と、文明国に暮らす私たちの生活とのギャップを、彼女の目を通して追体験させてくれる仕掛けになっています。
ただでさえ飢えと貧困で喘いでいるのに、そういう所だからこそ少しでも力や権力を持つ者が欲望を膨らませて、弱肉強食の地獄絵図になってしまいます。さらにはCIAやら国際的な武器商人やらが行く先々で暗躍し、ニックやサラにも悪魔の誘いを持ちかけてきます。そういう人間の飽くなき欲望が入り乱れて、飢えと貧困がいつまで経ってもなくならない。時代的には20年ほど前の話だけど、おそらくは今もほとんど変わっていない、そういう世界の現実をまざまざと描いていて色々と考えさせられてしまいました。
後半に進むに連れて映画の中の主題が、サラとニックとの禁断の愛、またサラの家族に対する葛藤といった所に焦点が移っていくので、前半と比べるとどうしても陳腐な感じがしてしまうのですが、世界中の人々を助けるという「全体に対する愛」から、一人一人が育むべき「個に対する愛」へとテーマが収斂されていく見せ方には、納得できる部分もあります。何かとラブロマンス的な側面が強調されがちな映画ですが、あくまでも「同じ志」あっての愛なので、それほど恋愛メインの映画とは思いませんでした。
それにしても広大な砂漠の真ん中にぽつんと広がる難民キャンプの光景が、何か幻想的な美しさがあって綺麗でした。人々が身を寄せ合う「心の砦」という感じですね・・。

「アンジェリーナ・ジョリー 思いは国境を越えて」
アンジェリーナ・ジョリーが国連の親善大使としてシエラ・レオネ、タンザニア、パキスタン、カンボジア、エクアドルなどを訪れた体験を、32点の写真と日記で綴った回顧録。

「カンダクゥ 笑顔で」藤原 紀香
2003年の7月に藤原紀香が自ら発案した企画のため滞在した戦乱の地・アフガニスタンで、自らデジタルカメラで撮影した写真と、その思いを文章で綴った旅の記録。
風のまにまに号
DVD「すべては愛のために」

TBありがとうございます。
おかぼれもん。のpicoです。
この映画は、原題のまま捉えた方がよいのでしょうね。
「愛」をラブロマンスで括られた宣伝におどらされてみると、あれ?って感じになっちゃうのですね。
何よりも、アンジーが素晴らしいですね。
CREAとアンジーの本、読みたくなりました。
ありがとうございます。
トラックバックどうも。
ほんと、邦題には納得がいかんです。